理性のスジを伸ばせ
私には、以前から行ってみたい場所があった。
メイドカフェだ。
10年ほど前から広く認知されるようになり、日本のサブカルチャーの代表的なものの一つとして、現在では外国人観光客も多く訪れるらしい。
以前から興味はあったもののなんとなく行くタイミングが掴めずにいたが、
三連休を控えた金曜日、私はふと思い立った。
週末の天気予報をチェックする。
三連休にかけて爽やかな秋晴れ、絶好の行楽日和。
いや、メイドカフェ日和じゃないか。
なんとなく、ここで行かなければ一生行く機会が無いような気がして、ひとり友人を誘った。
カスかよ。
しかし、私たちは二人ともメイドカフェに行くのは初めてだ。
システムもマナーも何もかも分からない。
このままでは初めて丸亀製麵に行ったとき店員にされたように、メイドにため息をつかれてしまうかもしれない。
せめてドレスコードは守ろうと考えた私はチェックシャツに身を包み、めいどりーみん・なんば店へと向かった。
店は雑居ビルの3階にあり、ワンフロアがまるまる店舗になっているタイプの店だった。
パステルピンクの看板が4か国語で誘っている。
私たちは本物のメイドカフェを目前にして緊張してしまったので、1階のセブンイレブンで買った酒を飲んで、緊張をほぐすことにした。(セブンのカップワインはかなりうまい)
大量発生中らしい。そんな害虫みたいな。
エレベーターに乗り、3階へ向かう。
ドアが開くと同時に、萌えの暴力が襲い掛かってきた。
内装はピンク、ピンク、ピンク。
客の服はチェック、チェック、チェック。
完全にイメージ通りだ。初めて来たはずなのに既視感がすごい。
BGMは爆音のアニソンだったが、不思議と落ち着く。
むしろこの空間にBGMを付けるとしたら、爆音のアニソンしかないような気がする。
祝日ということもあって店内は満席に近い状態で、よくみると男性だけでなく女性のグループの客や、外国人のカップルなども目立った。
席に通され、メイドからシステムなどの説明を受ける。
なんでもこの空間は「夢の国」らしく、通貨単位は「りーみん」らしい。
すごいぞ、これで外国に行くのは4度目だ。
ちなみに為替レートはたまたま1円=1りーみんだった。
また、この国ではメイドに触れると溶けてしまうらしい。
そこはグロいな…などと思っていると、メニューが運ばれてきた。
パフェやオムライス、パンケーキ、パスタなどスタンダードなカフェメニューが多い印象だ。
価格も1000りーみん前後と、特別割高でもないように感じた。
しかしメニューをよく見てみると、ビール・ハイボール・カクテルなどのアルコール類や、おつまみ系が意外と充実していることに気づいた。
焼酎やシャンパンなんてのもある。
誰が頼むんだこれ……
とりあえず、私たちはおすすめされたお食事セットを2つ注文することにした。
チェキやお土産のウサミミカチューシャがついてくるらしい。
「妖精さんが作ってくるので少々お待ちくださいね~♪」
メイドさんはそう言ってメニューを引き上げていった。
友人はこの時点で「そんなに高くないな… ランチとして普段使いできるな…」と呟いていて、早くも沼に片足を突っ込んでいた。
そうこうしているうちに私が注文したデミグラスソースオムライスとメロンソーダが運ばれてきた。
「オムライスにケチャップでお絵かきさせていただきます~♪」
これテレビで見たことあるやつだ!
この日一番テンションが上がった瞬間だった。
僕の顔を書いてくださいって言ったら普通に困ってたので絶妙に似ていないマイメロディを書いてもらった。
さらに続いて、「美味しくな~れ、萌え萌えキュン♡」というやつもメイドさんと一緒にした。
「愛込め」と呼ばれる作業らしい。
俺の愛は入ってなくていいんだ、メイドさんの愛だけを込めてくれ、なんて思いながらオムライスを食べてみる。
いい意味で予想を裏切られた。
デミグラスソースからはコクと深い旨味が感じられ、大きなマッシュルームがゴロゴロと入っている。
ふんわりとした卵の中にはバターの風味が効いたチキンライスが詰まっていて、厚切りのベーコンがアクセントになっていてすごく美味しい。
おまじないの効果に違いない。
今度から家でも欠かさず愛込めをやろう。
そう思いながらオムライスを食べていると、今度は店内中央のステージでメイドたちのライブが始まった。
音楽に合わせてメイドがダンスをするというものだ。
その時座っていた席がステージの間近の目の前だったので、逆に目のやり場に困った。
面白かったのは、裏手でPA(音響の調節)をしていたのもメイドだったことだ。
令和のメイドは給仕やダンスだけではなく、PAも出来ないといけないらしい。
大変な仕事だ。
そうしてメイドカフェを堪能し、気が付けば2時間が経っていた。
幸い初入国であれば延長料金はかからないらしいが、もうそろそろ会計をとメイドを呼んだ。
ちなみに、この国ではメイドを呼びたいときは元気よく「にゃんにゃーん!」と言わなければならない。
もしうっかり「すみません」とでも言おうものなら、メイドから訂正と指導が入る。
会計をお願いすると、メイドは「お手紙をお持ちしますので、すこしお待ちください♪」と言い残して引き返していった。
お手紙。なるほど、そういうのがあるのか。
嬉しいサービスだな~などと思っていたら、先ほどのメイドが戻ってきた。
「お待たせしました~♪」
伝票かよ。
帰る前に、セットになっていたチェキをメイドの方と撮るのだが、
他のメイドはみんな忙しそうにしていたので、誰が撮ってくれるのかな、と見ていると、
厨房から料理人の風貌の30代男性の妖精さんが出てきて撮ってくれた。
オムライスの味に説得力が出た気がした。
こうして店を出た私は、どっと疲れを感じた。
まるで重い物を持ち上げた後のような、普段使っていない筋肉を酷使した後のような感覚だ。
それもそのはずだ。
普段やらないようなことをこの2時間全力でやったのだから。
しかしそれと同時に、満足感というか、奇妙な達成感もあった。
思うに、メイドカフェは心のマッサージのようなものなのだろう。
恥ずかしさを捨てて世界観に従うことで、凝り固まった理性のスジを伸ばされるような、痛気持ちいいような感覚があった。
繰り返していくうちに心は柔軟になっていくだろうし、現に客のなかには理性のスジが伸び切ってダルンダルンになってしまっている人もいた。
これはクセになる人がいるだろうということも理解できた。
この感覚は、よそでは味わえないはずだ。
あなたも理性のスジ、凝り固まってませんか?