2021年1月7日の日記
食べました、七草粥。
春の七草ってどれも主張の強いものじゃないから、お粥に混ぜられると漠然とした「草」の味しか感じないな。
せっかくだからお粥を主体にするのではなく、もう少し春の七草を前面に押し出してはどうか。
そもそも春の七草自体が求心力を失ってきているのかもしれない。
わざわざ1月7日に、普段食わんうえにそれほど味もしない草を食べようとは思わないだろう。
いっその事、七草を全員リストラしてもいいんじゃないか。
よく分からん草よりも肉のほうがみんな食べたいだろう。
代役の候補としてはタン、ハツ、バラ、ロース、サーロイン、レバー、ホルモンあたりだな。
そうなると粥には合わないだろうから米もガーリックバターライスにしよう。
この七草粥のほうが絶対ウケるし定着するに違いない。
さて、話は変わるが、よく思考実験に取り上げられる問題で、「テセウスのパラドックス」というものがある
。ある船があって、それを構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去の船と現在の船は「同じ船」だと言えるのか?という同一性に関する問題だ。
果たして先に述べた、構成要素を全てスタミナたっぷりに置き換えられた七草粥は七草粥と呼べるのか?
この疑問に対する真実を回答することは非常に難しい。
しかしながら文化がその定義を時代とともに変容させていくものである以上、これもひとつの七草粥の形であって然るべきだ。
我々は七草粥のイデアの影を、ただ見せられているだけに過ぎないのだから……