独断で選ぶ「歌詞の美しい邦楽」9選
交わしたはずのない約束に縛られ
破り棄てようとすれば
後ろめたくなるのは何故だ
キリンジの”Drifter”という曲を初めて聴いた時、この初めの一節に激しく胸を打たれた。
かつて、これほどまでに美しく、温度と質感を持った「後ろめたさ」の表現があっただろうか。
以前は邦楽の歌詞は添え物程度にしか考えておらず、むしろ使い古されたような陳腐な歌詞なら無い方がマシだとさえ思っていたが、
これをきっかけに、言葉をよく咀嚼し、歌詞を味わって音楽を聴くようになった。
その中で、歌詞が美しいと感じた曲のいくつかを、特に気に入っているフレーズと共に紹介していきたいと思います。
1.ハナノユメ / チャットモンチー
薄い紙で指を切って
赤い赤い血が滲む
これっぽっちの刃で痛い痛い指の先
チャットモンチーの曲の歌詞は決して難しい語彙や技巧が使われている訳ではないのですが、
シンプルな詞ながら日本語のバランス感覚が突出しているような気がします。
特に上のフレーズでは、紙と赤い血の色彩のコントラスト、心と体の儚さが「赤い赤い・痛い痛い」という音としての心地良さを伴って歌われていると感じました。
半分に割った赤いリンゴの
イビツな方をぼくがもらうよ
二人はそれでたいがいうまくいく
人と人と心のすれ違いなどを歌ったネガティブなラブソングですが、特にこのフレーズに衝撃を受けました。
「半分に割ったリンゴ」ということは、片方がいびつならばもう片方もいびつなはずなんですよね。
「イビツな方をぼくがもらうよ」と、自分が我慢しているつもりでも互いに不満を飲み込んでいて、「二人はそれでたいがいうまくいく」って…
この情報量ですよ…
他の解釈があればぜひ教えてください。
3.誰かが / PUFFY
誰かが泣いてたら 抱きしめよう
それだけでいい
誰かが笑ってたら 肩を組もう
それだけでいい
誰かが倒れたら 起こせばいい
それだけでいい
誰かが立ったなら ささえればいい
それだけでいい
歌はPUFFYですが、楽曲提供しているのはロックバンド・The Birthdayのチバユウスケですね。
シンプルかつ力強い言葉で、正しいことを歌っていますね。
曲全体が明るいロックナンバーだけに、こういうストレートな詞が突き刺さります。
4.言葉はさんかく こころは四角 / くるり
言葉はさんかくで 心は四角だな
まあるい涙をそっと拭いてくれ
失恋ソングなのですが、心情とは裏腹にとってしまう言動、そして流れる涙と、感情の移り変わりまでもを三角・四角・丸というモチーフを用いてこの文量に収めた名文(名詞?)だと思います。この詞はたぶん一生かかっても自分には書けないです。
もしも彼らが君の何かを盗んだとして
それはくだらないものだよ
返して貰うまでもない筈 何故なら
価値は生命に従って付いている
邦楽界きっての美文家でいらっしゃる椎名林檎先生の御曲です。
椎名林檎さんは様々な曲で哲学を歌っていらっしゃいますが、「ありあまる富」という曲名に加え、どんなものよりもあなたの命が最も価値がある、と力強く断言してくれるこの歌詞に私は一番惹かれました。
6.ストレンジカメレオン / the pillows
キミといるのが好きで あとはほとんど嫌いで
まわりの色に馴染まない 出来損ないのカメレオン
優しい歌を唄いたい 拍手は一人分でいいのさ
それはキミの事だよ
”キミ”が世界の全て、と言わんばかりの熱い歌です。
ちなみにこの曲を出したとき、pillowsはいわゆる売れ線に方向転換して出したアルバムが大ゴケした直後で、事務所からも契約解除を迫られていたそうです。(Wiki調べ)
それを知ると、歌詞も違う意味で取ることができますね。
商業的に売れようとしてもうまくいかない自分たちを出来損ないのカメレオンに例えたのかもしれません。
7.あいつロングシュート決めてあの娘が歓声をあげてそのとき俺は家にいた / 忘れらんねえよ
あいつロングシュート決めて あの娘が歓声をあげて
そのとき俺は家にいた
あいつ右手を突き上げて はしゃぐあの娘のスカート揺れて
そのとき俺は家にいた
袋とじのグラビアを慎重に
開けていた 開けていた 開けていたんだ
ものすごく長い曲名ですが、決してコミックソングとかではありません。
実際、曲もめちゃくちゃカッコイイです。
J-POPでよく歌われる青春や初恋に対して、「そうじゃない側」の人間の魂の叫び、という感じがします。
歌詞の最後には「僕らにしか見えない景色 分からない感情 僕らにしか弾けないギター 歌えない歌」というフレーズがあるのですが、これぞ新世代の現代っ子のパンクですね。
8.羊、吠える / Mr.Children
狼の血筋じゃないから
いっそ羊の声で吠える
「馬鹿みたい」と笑う君に気付かぬ振りしながら
Mr.Childrenは爽やかで綺麗な曲も良いのですが、個人的にはこういう曲が過小評価されてるような気がします…
これもパンクな歌詞ですね。
自己嫌悪、惰性・慣れなどへの葛藤を抱えながら生きるかっこいい歌詞です。
あと少しあたしの成長を待って
あなたを夢中にさせたくて
藻掻くあたしを可愛がってね
すみません、やっぱり1曲に絞れなかったのでまたまた椎名林檎さんの曲です。
この曲の歌詞は可愛すぎるので、ぜひ全文を見てください。
年上の人に恋をした女の子の歌なんですが、めっちゃ可愛いんですよ本当に…
「誰よりもあたしをちゃんと見透かして 口の悪さや強がりは”精一杯”の証拠だって」とか「すべて味わって確かめてイーヴンな関係になりたい」とか、とにかく可愛いんですよ…
以上です。他に歌詞の良い曲があればぜひ教えてくださいね。
10.(番外編) つじつま合わせに生まれた僕等 / amazarashi
遠い国の山のふもと この世で一番綺麗な水が湧いた
やがてそれは川になり そこに群れを作った魚を
腹を空かした熊が食べて 猟師が熊の皮をはいで
それを市場で売りさばいて 娘の為に買った髪飾り
悪い人間がやってきて 全部奪ってしまったのは
歴史のちょうど真ん中辺り 神様も赤ん坊の時代
母親のこぼした涙が 焼けた匂いの土に染みて
それを太陽が焦がして 蒸発して出来た黒い雨雲その雲は海を越えた砂漠に 5ヶ月ぶりの雨を降らせた
雨水を飲んで生き延びた詩人が 祖国に帰って歌った詩
それを口ずさんだ子供達が 前線に駆り出される頃
頭を吹き飛ばされた少女が 誰にも知られず土に還るそこに育った大きな木が 切り倒されて街が出来て
黒い煙が空に昇る頃 汚れた顔で僕等生まれた
善意で殺される人 悪意で飯にありつける人
傍観して救われた命 つじつま合わせに生まれた僕等
風が吹けば桶屋が儲かるみたいな詞。