2021年1月1日の日記
久しぶりの投稿です。
最近は研究と就活が忙しいのと、な〜んもネタが思いつかないので記事を書くことが出来ていなかったんですが、
せっかくブログを作ったんだからということで、
リハビリも兼ねて今日から毎日1000字程度を目安に
短い日記を更新していこうと思います。
どこまで続くか分かりませんが頑張るぞ!
今日は元旦だ。
すなわち、うまい酒が飲める日である。
年末年始って毎年同じような過ごし方をしてるけど、この空気感がかなり好きだ、飽きが来ないし
やること無くて暇だって言ってる人もいるが、
僕はその「非生産が社会に許容されている空気感」が好きだ。
思えば緊急事態宣言のときも全然ストレスとか感じなかったしな。学生だからかもしれないけど、休みが増えてラッキーくらいに思っていた。
子どもの時から家の中でひとり遊びするのが好きだったから、そのときから人格って大体固まってたのかもしれない。
新年だしなんか新しいことやるか、と思い立ち、自分でも出来そうな日記を始めることにした。
ただ熱しやすく冷めやすい性格なので、1ヶ月続けば良い方かな…(多分文量も今日が1番多い)
日記をブログで公開しようと思った理由は、
・公開した方が続きそう
・記事数を水増しして満足感を得るため
の2点です。
ただブログのトップページに来てくれた人が人気記事にたどり着くのが難しくなるので、公開場所をブログにしたのは悪手だったかもな、と思いました。(これを書きながら)
よ〜し明日から頑張るぞ!
【短編】怖い話
あのー、これは私が実際に体験した話なんですけど。
私の地元には、いわゆる「いわくつき」で有名なトンネルがあるんですね。
まあベタな話なんですけど、なんでもそのトンネルには幽霊が出るという噂があって、実際に異常な頻度で車の事故が起きていたそうです。
しかも事故を起こしたドライバーが皆、口を揃えて「幽霊を見た!」と言うらしいんです。
実際に私も昔そのトンネルで事故に遭いました。
これは、そのトンネルで私が経験した話です。
ある深夜のことです。
私が件のトンネルを歩いていると、向かい側から一人の若い女性が歩いてきました。
こんな時間に女性が一人で不用心だな、と思いましたが、特に気には留めませんでした。
その女性は薄暗いトンネルをこちらにまっすぐに歩いてくると、私の目の前でふと立ち止まりました。
不思議に思った私がつられて立ち止まるや否や、女性は突然この世のものとは思えない叫び声をあげ、そのまま何かに取り憑かれたように自身が来た方へと髪を振り乱しながら走って行きました。
私は状況が呑み込めず、その場に立ち尽くしただただ呆然とするしかありませんでした。
今思えば彼女は何かに取り憑かれていたのかもしれません。
その事件から一週間が経った、ある深夜のことです。
私は先週と同様に、例のトンネルを歩いていました。
すると向かいからまた先週と同じように、人影がこちらに向かってくるのが見えました。
先週のことがあった私は「またあの女性かもしれない」と警戒しながら、注意深く近づいてくるものを見ました。
段々と近づいてはっきりとしてきたその人影は、袈裟のようなものを着た一人の老人でした。
「あ、これは駄目なやつだ」
直感的にその老人が良くないものだと悟った私は、その場から全速力で離れました。
それ以来、トンネルでその老人は見ていませんが、今でも深夜に近づいてくる人影を見るとあの時の恐怖が蘇ります。
それにしても本当に、あの時ばかりはとうとう成仏させられるかと思いました。
"なぜ勉強しなければならないのか?"という問いに対する回答の一例
塾講師のアルバイトを始めて、もう5年目になる。
我ながら長く続いたなと思うが、
ここまで続けると、授業のなかで生徒から受ける質問のパターンなんかもだいたい読めるようになってきた。
授業内容に関することを除けば、
生徒から受ける質問というのは「大学って楽しい?」「先生高校の時なに部やったん?」というような可愛いものなのだが、
(まれに「先生って彼女おるん?」というようなナンセンス極まりない質問をされるが、そういう生徒は両の鼓膜を破って勉強だけに集中できるようにしている)
年に一回は必ず聞かれるのが、「なんで勉強しなきゃいけないの?」という問いだ。
「因数分解が将来なんの役に立つの?」というふうにより具体的な場合もあるが、
この種の質問は答えるのが非常に難しい。
より正確に言うならば、子どもを納得させられるような回答を用意することが難しい。
よく使われるのが「勉強しないと将来困るよ」だとか、「将来なりたい仕事になれるように」だとかの回答だが、
正直言って将来とかフワッとしたことを言われても子どもは納得できないと思う。
少なくとも子どもの頃の私はそうだった。
他に、Twitterで見たことのあるものとしては
「勉強すらできない君が社会に出て何の役に立つんですか?」
という回答もあるが、これは論破コピペとしては成立しているものの、さすがに意地が悪すぎると思う。
普通に子どもの人格形成に影響を与えるんじゃないだろうか。
この問いの難しいところは、相手が子どもである以上、先に述べたような正論が必ずしも通じないところだ。
つまり子どもに理解できる回答を用意する必要があるのだ。
そこで私は塾講師としての経験を通して、「偉人の言葉を借りる」というメソッドを編み出した。
そう、こちらとて講師といえど、生徒と10歳も変わらない若造である。
本職の教師ならさておき、しょせん子どもの納得する回答なんて持ち合わせているはずもない。
そこで、偉人の権威を借りるのだ。説得力というのは「誰が言うか」によって決まるものだが、
まだ脳が未発達な子どもならば、偉人の言葉を借りておけばなんとなく納得してくれる。
今回は、私がこのメソッドを編み出して以来、引用することで何人もの小中学生を黙らせてきた名言を紹介するので、
小中学生に「なぜ勉強しなければならないのか」聞かれた際は、ぜひ参考にしてほしい。
作家・太宰治は、自らの著書「正義と微笑」の中で、
学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。
けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。
これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん。
と記している。
つまり、「勉強したことを全て忘れたとしても、そのなかで面白いと感じたことは自分の中に残っているもので、覚えた知識よりも勉強すること自体に価値がある」と太宰は書いているのだ。
そう考えれば、「勉強をしない」ということ自体が大損ではないか。
いかがだろうか。
これをくだけた言い方で説明してやれば、
今までの生徒はもれなく納得してくれて、しばらくは熱心に勉強してくれる。
まあ太宰治自身は自殺未遂繰り返して薬物中毒になって最終的に自殺してるんですけどね。
おわり
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(今回はリモートでの録音なので聞き取りにくいところがあるかもしれません!
ご了承ください!)
自殺の名所のパラドックス
- 調べてみたところ、世界に目を向けてみてもそういった場所は存在するらしい。(主に橋や崖から海への飛び降りが多いようだ)
http://karapaia.com/archives/52122197.html
- しかしながら、こういった「自殺の名所」と呼ばれる場所は如何にしてそう呼ばれるようになったのだろうか?
- 口コミか?
- いや、死人に口なしだ。自殺者が「あそこ良かったよ」なんて言うことはできない。この点においてまず「自殺の名所」という言葉に矛盾がある。
- 思うに、「もし自殺するならここで死にたいな」という感想を抱くような場所、及び価値観は、多くの人で一致しているのではないか?
- あるいは、潮流などの関係で水死体が流れ着きやすい→死体がよく見つかる→自殺の名所、というふうに後付けで呼ばれるようになったか。
- もし前者が正しければ面白いと思う。世界が終わる前日とか、東尋坊に行列が出来たりするんだろうか
- 海や水場が多いのも個人的には気になる。溺死ってかなり嫌な部類の死に方じゃない……?
- 実際のところ、誰が「自殺の名所」とか言い出したのか。
- まあ地元の人のブラックユーモアみたいなやつなんだろうな。
- 例のワニを見ても、「死」というものがコンテンツとして強いことが分かる。みんな死に興味あるんだな〜
- 「死」を経験したことのある人間は1人として存在しない。従って、誰もが未経験である死に好奇心を持つことは自然なことだ
- 類例として、Twitterで反社系のレポマンガがウケる理由も近いところにあると思う。未知の世界への好奇心というものはウケるのだ。
- ところで、今日は私の大学の卒業式だ。早く着きすぎ、時間を持て余して喫茶店でこの文章を書いている。
- 卒業式の日に死の事を考えるというのはどうなんだと思ったが、まあ卒業っていうのも学生生活の死みたいなもんだしな。
- 卒業おめでとうございます。